小市民ブログ

KelloggってMBAを出てアメリカで移民サバイバル生活をしています。サウナが好きです

書評:Streets of Gold: America's Untold Story of Immigrant Success

Freakonomicsで最近始まった移民シリーズに出演されていた、プリンストン大学の教授が書いたのが表題の本ですが、めちゃくちゃ良かったです。アメリカの歴史は移民の歴史と言いますが、辿ってきた歴史が日本と如何に異なるか、肌身に染みて理解できる一冊でした。

アメリカという国は、建国以来、何度も「外」の人間を受け入れ、その度に「アメリカ人」を再定義することを何度も繰り返してきた国であります。元々、大英帝国から渡ってきた人々(そしてその奴隷とされた人々)が「アメリカ人」だった訳ですが、今ではインドや中国、ラテンアメリカ等、世界中から移民を受け入れ、そしてその多くがアメリカ国籍を取得します。

ここに至るまで、何があったか。著者が受け持つ授業で、学生に「祖先はいつアメリカに来たか」と問うと、大多数は2つの期間を答えると言います。一つは1880年1920年、2つ目は1980年以降。この波の以前、以後で何があったかを捉えると、アメリカの移民の歴史についての見通しが良くなります。

19世紀以前

元々アメリカ大陸には土着のNative Americanの人々が住んでいた訳ですが、ここに移り住んできたのがイギリス人。そしてイギリス人は黒人奴隷の人々も連れてきました。

19世紀前半

アイルランドやドイツからアメリカに渡る人も増えてくるが、当時は蒸気船の登場以前でもあり、渡航は命がけ。

19世紀後半〜1920年(第一の波)

蒸気船が誕生し、大陸を渡るコストが次第に下がってくると、北欧、東欧、南欧へと移民の出身国が広がりを見せます。1900年時点では、東欧・南欧が全体の80%を占める様になります。この大量移民時代に終止符を打ったのが1921年のEmergency Quota Act。この法律が意図したところは、増大する南欧や東欧からの移民を抑制し、「元々のアメリカ人」であった西欧(+北欧)からの移民の割合を増やすこと。以後、1965年のNationality Actまで、アメリカへの移民は抑えられた状況が続きます。

1965年〜(第二の波)

アメリカが世界中から移民を受け入れる方針に転換したのが、1965年のNationality Act。現代アメリカを形作る、重大な法律です。ここで、国別のQuotaを撤廃、また受け入れる移民の数を約2倍にまで増やしました。その後1980年以降、中国やインド、ラテンアメリカからのアメリカへの移民が本格化します。

移民の過去と現在についての誤解

移民政策がアメリカで語られる時、著者はリベラルも保守派も、どっちも誤解が多いと言います。両者が共通するのは、「過去の移民は経済的な成功を短期間で成し遂げ、アメリカに上手く溶け込んでいったが、今はそうではない」という主張。リベラルは今の移民が直面する困難に着目して声を上げ、保守派は現代アメリカが受け入れる移民の教育レベルの低さや同化への意識の低さを問題視します。

しかしながら、実際にデータを見ると、今も昔も、移民は同じ様なペースで社会階層を上がり、アメリカ社会に同化していくことが分かります。過去のヨーロッパからの移民を追っていくと、移民直後に所得が低い仕事についていた人は、キャリア終盤でもアメリカ生まれの人に所得で追いつくことが出来ないのが一般的だった様です。移民として成功を収めた人はいる一方で、彼らの多くは所得が高いイギリス・ドイツを中心とした、移民当初で高所得のキャリアを選べた人でした。

実際、「アメリカンドリーム」として語り継がれる、大成功を収めた人は、恵まれたバックグラウンドであるケースが多く、eBay創業者Pierre Omidyar(父はジョンズ・ホプキンスの外科医、母は言語学のPhD)、Google創業者Sergey Brin(父は数学者、母はNASAの科学者)、Elon Musk(父はザンビアのエメラルド鉱山を保有していたエンジニア)等の事例を指摘しています。「移民」として取り上げられやすいのは上記の様な成功者であるものの、彼らは移民全体から見ると少数派なわけです。

著書では、ノルウェーからの移民が取り上げられています。20世紀初頭、貧困国であったノルウェーからはノルウェー社会の下層からアメリカに渡り、しばしばアメリカで母国の2倍の賃金を稼ぎ、ノルウェー帰国後はアメリカ型の民主主義や技術を国にもたらしました。母国よりは稼げるけどアメリカ社会での栄達は難しい、ただ母国に戻ると多くは成功を収め経済社会発展の原動力となる、というのが一般的な移民の姿だったようです。

アメリカンドリームは、子供世代で実現される

一方、多くの移民の子供世代は、経済的に大きな飛躍を成し遂げることが多い様です。所得下位25%で育ったImmigrant childrenが平均的な所得を成し遂げる確率は、アメリカ生まれの親を持つ家庭より高くなっています。それも、ナイジェリアやラオスグアテマラといった、所得が低い国の出身者でも、同様の傾向が見られます。

こちらは、私自身の肌感ともかなり一致しています。親の仕事をImmigrant childrenの友達に聞くと、Cleaningや飲食店の経営がしばしば挙がりますが、当人は有名校でMBAをとったりGAFAMで働いたりしています。また、Uberの運転手が、子供はペンシルベニア大でPhDなんだと誇らしげに語る、といった場面には今まで何度も遭遇しました。移民の親世代、小世代については、こちらのKorean Americanの方の動画が凄く良かったです。

なぜ移民の子供世代は経済的な成功を収めるのか。著者が指摘している1点目の理由は、移民が選ぶ都市。移民は通常所得が高く経済が伸びているエリア、NYやカリフォルニア、シアトル、今だとテキサスやフェニックス等に移る傾向があります。多くのアメリカ出身者は、LocalのCommunity、繋がりの中で生きていくことを選び、それはしばしば所得とトレードオフになりますが、移民の場合はフラットな目で経済的に機会が多い場所に移ることになる。そこで生まれ育つImmigrant childは平均的なアメリカ人よりも経済的に恵まれる可能性が高くなります。

2点目の理由として、親世代が英語や現地のネットワークの弱さ等、移民という立場故に労働市場でUnderperformする傾向がある一方で、子世代はそういった障壁から自由であることが指摘されます。ロシア人の科学者はアメリカでタクシー運転手として生計を立てることになるかもしれませんが、子世代はアメリカで教育を受け、親世代が成し遂げられなかった夢の仕事に就く可能性が高くなります。

移民の社会への統合の歴史

「昔のヨーロッパ系の移民は、アメリカ社会にもっと早く溶け込んでいた」という言説についても、著者は神話に過ぎないと指摘します。居住地での「統合具合い」を定量化すると、1920年でも2020年でも、移民は移民が多い地域を選ぶ傾向が同じ程度となります。1860年代、マサチューセッツ州のLowellやLawrenceに移ったアイルランド系移民、1880年代のSFの中華系、1910年のロードアイランド州のProvidence、そして1930年代のカリフォルニアやテキサスに移ったメキシコ系移民も、同じ様なバックグラウンドを持つ人達で身を寄せ合っていました。移民は、アメリカにいる年数が増えるにつれて子供にアメリカ風の名前を与える確率が高まり徐々に同化を進めていきますが、そのペースは過去も現代の概ね変わらないと指摘されています。

雑感

巷で言われる「アメリカンドリーム」について、正しい期待値感を教えてくれる本でした。また、今まで私は白人は「白人」という極めて大きなカテゴリーで捉えていましたが、彼らの中にも移民と統合の歴史があり、多様なバックグラウンドがあることを認識しました。Kellogg時代に良くしてくれたEvanston近隣在住の専業主婦の方はギリシャ系でしたが、「ブロンドヘアを持つ人の中には、私をOutsiderとして見る人もいる」と話していたことが、今になって腹落ちした感があります。Takeawayを雑にまとめると以下みたいな感じでしょうか。

  • アメリカといえど、何も持たない移民が社会階層を駆け上がるのは楽ではない
  • 来るなら、良い学歴・職歴を起点にしないと大きく稼ぐのは難しい
  • 何も持たない移民でも、子世代は大きく飛躍できる可能性が大きい
  • アメリカという社会は、200年前から「外」の人間を(様々な摩擦とともに)受け入れ、統合してきた歴史がある

移民でも楽に成功を収められる、という意味でのアメリカンドリームが存在したことは未だかつて無かった様ですが、現代アメリカは世界中から様々な階層の人間を受け入れ、他の国では無いOpportunityを提供する懐の深い国だと、再確認できました。最後に、この本のタイトルにもなっている、移民の引用を貼っておきたいと思います。

I came to America because I heard the streets were paved with gold. When I got here, found out three things: First, the streets weren’t paved with gold; second, they weren’t paved at all: and third, I was expected to pave them.